“こころ”とその治療の歴史(2)~西洋医学の成立から古代ローマ時代~

November 5, 2026

前回は、主に古代ギリシャの自然哲学からプシュケー(“魂”、“こころ”)を振り返りましたが、今回は西洋医学の成立から古代ローマ時代にかけて探っていきます。

古代ギリシャでは、現代のてんかんに相当する病態は、神により引き起こされる神聖な病(神聖病)とみなされ、その治療は神官による神殿での儀式だったと言われています。それに異を唱えたのが、“医学の父”ヒポクラテス(紀元前460年頃~370年頃)や彼の弟子たちです。神聖病の原因は神秘的なものではなく、寒冷などの自然的要因や脳であると主張したのです。また、体内の4つの液(血液、粘液、黄胆汁、黒胆汁)のバランスにより健康や病気を説明しました(四体液説)。例えば、黒胆汁が過剰になると恐怖感や抑うつ感が長時間続く“黒胆汁の病”になる(メランコリアの語源は、黒いmelas+胆汁chole)。ただし、当時は各地に建設された医学の神アスクレピオスの神殿で過ごし、夢をみて治療するといったことが多く行われていたそうです。

さて、ヒポクラテスやアリストテレスの生きた時代(紀元前4世紀)から、ギリシャ周辺は大きな変化を迎えます。ギリシャの都市国家がマケドニア王国の支配下に入り、その王アレクサンドロス3世による東方遠征でインド北西部まで勢力圏が拡大されました。その過程で、エジプトが支配下に入り、世界各地の学問が集積されることになるアレキサンドリアが建設(紀元前331年頃)されました。その都市で活躍した医師・解剖学者のヘロフィロス(紀元前335年頃~280年頃)やエラシストラトス(紀元前304年頃~250年頃)は、人体解剖から脳や神経系の構造と機能を探求しました。とりわけエラシストラトスは、古代ギリシャ語でプシュケーと同様にもともとは“呼吸”などの意味があったプネウマ(pneuma精気)という概念も用いて、生理学的に生命原理を論じました。つまり、肺に取り込まれた空気が、心臓で生命精気となる。その一部が動脈を通して脳に行くと霊魂精気となり、これが神経によって体中に運ばれるといったように。なお、プネウマのラテン語訳はspiritusであり、英語のspirit(精神)の語源に繋がっていきます。ちなみに、プシュケーのラテン語訳はanimaで、これは英語のanimal(動物)に繋がっていきます。

 時は流れ、紀元前27年にローマ帝国が成立します。その古代ローマ時代の医学者ガレノス(129年頃~216年頃)は、生命精気や霊魂精気などとプネウマを用いて体系的に生命原理を論じました。このガレノスの学説は、数千年以上の時を越え、17世紀デカルトの動物精気説にも影響を与えていきます。また、ヒポクラテスらの四体液説を発展させ、4つの気質(多血質、粘液質、胆汁質、憂うつ質)を提唱し、人の行動との関係(例えば、黄胆汁が優勢な胆汁質は怒りっぽいなど)を論じました。

ところで同時代の2世紀頃、古代ローマの学者プトレマイオスは、『テトラビブロス』などの著書を通して占星術を体系的に論じていました。太陽や月、惑星の動きや位置と人の行動などとの関係は古来より探求されてきましたが、このプトレマイオスの著書をきっかけに占星術が医学と結びつき、医学占星術として発展していきました。そして、中世・近世の医学にも影響を及ぼしていきます。(“こころ”とその治療の歴史(3)に続く)

 

【参考文献】

小俣和一郎(2020).精神医学の近現代史――歴史の潮流を読み解く――.誠信書房

高橋澪子(2016).心の科学史――西洋心理学の背景と実験心理学の誕生――.講談社(講談社学術文庫)

山竹伸二(2023).心理療法の精神史.創元社

文:心理士 阿相周一

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