ロボットは感情を持ちえるのか (5): 私たちが「学習」する感情

December 14, 2020

私たちの健康を維持、増進する、ヘルスケアにおいて、ロボットが目覚ましく発展するようになりました。私たちの心のケア、メンタルヘルスのケアに、ロボットは参入できるのでしょうか。

 

今回からは、私たちが生まれた後に学習する感情について学んでいきます。それではまず、他者がいることで生じる感情についてみてみましょう。

 

分かりやすい例として、嫉妬、があります。最近あなたがしっとしたのはどんな時だったでしょうか。嫉妬心が生じるのは、他者の存在が必要不可欠です。誰かが自分よりも、高級車に乗っている、よりよい職業についている、容姿が恵まれている、などなど。

 

恥ずかしいという感情はどうでしょうか。家のなかで裸になった子どもに、「お友達の前でそんなことしたら恥ずかしいよ!」と叱ルのは、恥ずかしさが他者の存在を前提とした感情であることを物語っています。さらに、親が子に「それは恥ずかしいことだ」と教えていることから、恥感情は生まれ持ったものではなく「学習」する感情であることがわかります。

恥ずかしさ、はさらに複雑な感情です。例えば、全員が裸で暮らしている文化、あるいは、裸で暮らしていた時代であれば、恥ずかしくないはずです。すると、私たちが恥ずかしいと感じるときは、この時代、この文化において、受け入れがたいことをした、あるいは、社会で求められていることができない、という判断をしていることになります。

 

恐怖や驚きに比べて、嫉妬や恥ずかしさは、他者の存在を前提とするだけでなく、より複雑な認知に基づいて生じる感情といえます。このため、私たちが嫉妬や恥ずかしさを感じているときは、脳のより外側にある、大脳新皮質がより活動しており、これは、より人間らしい感情であることを示しています。

 

最後に、感情の「表出」と文化について触れましょう。分かりやすくいえば、リアクションが大きいことは、感情の表出が大きい、ということです。この感情表出の大きさには、文化差があります。例えば、日本人よりもイタリア人のほうが感情表出が大きい、つまり、リアクションが大きいことが分かっています。さらに、このような文化差は、他者がいるかいないか、によっても変わります。例えば、誰かの前でリアクションをとるとイタリア人のほうが大きくなりますが、ひとり自室でテレビを見ている場合、日本人とイタリア人の感情表出の差は小さくなります。

 

ロボットが私たちと同じように「学習される感情」を持つためには、他のロボットの存在を認識しており、かつ、ロボット自身がどのような文化、時代に「生きて」いるのかを理解することが必要になります。

文:国際医療福祉大学 赤坂心理学科 HIKARI Lab監修 小堀修

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